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高知地方裁判所 平成7年(レ)2号 判決 1995年6月09日

主文

原判決を次のとおり変更する。

一  被控訴人は、控訴人に対し、金一万三六九八円を支払え。

二  控訴人のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

四  この判決の一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  当事者の求める裁判

一  控訴人

1. 原判決を取り消す。

2. 被控訴人は、控訴人に対し、金一万三六九八円及びこれに対する平成六年六月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3. 主文三項同旨

二  被控訴人

1. 本件控訴を棄却する。

2. 控訴費用は、控訴人の負担とする。

第二  事案の概要

一  請求の類型(訴訟物)

本件は、控訴人が、被控訴人との間の消費寄託契約(普通預金契約)に基づき、使者を介して預金(以下「本件預金」という。)の返還を請求したところ、被控訴人が、控訴人の払戻意思の確認を理由に同金員の返還に応じなかったとして、一日分の履行遅滞による損害賠償金(民法四一五条、四一九条一項)を請求している事案である。

二  前提事実(当事者間に争いのない事実及び証拠(甲一、二、乙一、証人西山歌子(以下「西山」という。)、同生田冨繁から認定できる事実)

1. 西山は、平成六年三月九日午前一〇時三〇分頃、控訴人から、被控訴人万々支店(以下「万々支店」という。)の同人の普通預金口座から現金を引き出し、近くの喫茶店で第三者に渡すように依頼を受け、右口座の預金通帳及び払戻請求書を預かった。

2. 控訴人は、同日午後二時三〇分頃、右口座に振込入金して一億円を預金した(消費寄託契約の成立)。

3. 西山は、同四五分頃、控訴人の使者として万々支店に赴き、被控訴人に対し、右預金通帳及び届出印の押捺された払戻請求書を渡し、一億円の払戻を求めた。

これに対し、被控訴人は、西山に暫く待つように求め、西山もそれに応じた。

4. 被控訴人は、万々支店に一億円がなかったため、同三時五分頃、被控訴人本店から一億円を運び、払戻の用意を整えた。

そして、被控訴人は、本件預金の払戻手続を行っているのが預金者本人ではないため、預金者である控訴人の意思を電話等で確認しなければならないと判断し、西山に控訴人と連絡を取るように依頼した。

これに対し、西山は、直ちに連絡は取れないと答え、かえって、被控訴人に対し、第三者に現金を渡す時間が切迫しているから早く一億円を払うように要求したが、被控訴人から拒絶された。

5. 西山は、同二〇分頃、第三者に連絡を取るために、払戻を受けないまま、万々支店から退出した。

6. 控訴人が、同四〇分頃、被控訴人に対し、一億円の払戻を確認する電話をしたところ、被控訴人の職員は、控訴人に右払戻が未了であると述べ、西山がいると思慮されるレストランにこれから届けてもよい旨を伝えた。

これに対し、控訴人は、西山は既に右レストランにいないだろうと述べ、右申し出を断った。

7. 西山は、同日午後五時頃、万々支店に架電し、控訴人と自分が午後七時三〇分に会う際、同席して本日のことについて説明して欲しいと求めた。

被控訴人は、西山の承諾をえて、右電話を保留にして協議していたところ、その最中に、西山は、右電話を切った。

8. 控訴人は、翌日(同月一〇日)二度にわたり、万々支店を訪れ、本件についての話し合いをなした結果、同九時三〇分頃に払戻を受けた。

三  争点

1. 被控訴人による本件預金の支払拒絶が履行遅滞(民法四一五条)となるか。

2. 控訴人の受領遅滞の有無

四  当事者の主張

1. 争点1について

(一)  控訴人

民法四一九条二項により、被控訴人は、控訴人の使者である西山の求めに応じて、現金が用意でき次第、直ちに本件預金の払戻金を渡さねばならず、預金者本人の意思確認等の理由では、支払を拒否できない。

(二)  被控訴人

銀行である被控訴人は、本件の預金状況、払戻請求時期、払戻請求金額などに照らし、預金者の使者から払戻の請求があった場合、預金者本人の意思確認をするために、信義則上、右金員の払戻を拒否できる。

2. 争点2について

(一)  控訴人

被控訴人は、右のとおり、支払拒絶により既に履行遅滞に陥っているのだから、控訴人の受領遅滞を論じる余地はない。

(二)  被控訴人

被控訴人は、平成六年三月九日午後三時四〇分頃、控訴人との意思確認が取れ、それ以降いつでも控訴人に現金を払い渡せる状態にあり、控訴人にもその旨を伝えている。

にもかかわらず、控訴人は、速やかに本件支店に来店し現金を受け取ろうとしなかったもので、本件支払が翌日まで遅れたのは、控訴人の受領遅滞が原因である。

第三  争点に対する判断

一  民法四一九条二項、六六六条によれば、消費寄託契約は、受寄者(銀行)が、客観的に正当な普通預金者から払戻請求を受ければ、直ちに履行期が到来し、預金の払戻をしなければならず、支払を拒絶すれば直ちに遅滞に陥ると解される。

もっとも、前記事実経過に照らすと、本件預金の払戻請求については、万々支店において、一億円を整える時間等が必要であり、信義則上ある程度の時間的余裕は認められるというべきであるが、預金者本人の払戻意思の確認については、払戻者が真正な払戻請求書等を提出する等して、正式な払戻を請求している以上、その調査による不利益は万々支店において負担すべきであり、控訴人の不利益に扱うことは許されないと考えられる。

二  そうすると、被控訴人は、平成六年三月九日午後三時過ぎに西山から請求を受け履行遅滞に陥っているから、控訴人の主張するとおり、控訴人の受領遅滞を論じるまでもなく、被控訴人は責任を負わねばならない。

なお、控訴人は、訴状送達の時から遅延賠償を支払うべき旨の請求をしているが、延滞利息については、特約がなければ、更にこれに対する延滞利息を支払う義務は発生しないというべきところ、右特約に関する主張、立証はないから、認めることはできない。

三  したがって、控訴人の控訴には一部理由があるから、原判決を変更し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 溝淵勝 裁判官 久我泰博 裁判官 遠藤浩太郎)

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